山村労働市場をめぐる事例的考察 4
故地を出て小海町に進出したT電子、クロスバー受信機やトランシーバー配線組立など不況対応で製品種類をふやしたY通信が、ようやく時給250円でした。
村内最大手のD産業は同200~180円であり、その内職労働者は時給90円(嫁・姑の2人で1日5時間900円)でした。
仕事内容、労働者の可動性からみて、右の内職従事者の低賃金の重みはあきらかでした。
農村日雇賃金より一段と低い、内職労賃水準に規制される、山村の製造業労賃水準を立言しうるのです。
70年代後半、南相木村に2つの新しいうごきがでてきました。
単純な長時間労働強制(手の早い労働者の真向いで社長が作業)や分工場をやたらにふやす、といった方式に代って、高性能機械導入、能率給に耐える若年労働者雇用の志向、小人数分担責任制、内職の品質管理強化など、下請工場なりの減量・合理化の追求がその一つです。
また村独自の野菜等価格安定制度(71年以降)をてこに、開畑専業農家による白菜、きゃべつ、レタス生産、兼業農家主婦等の夏季さやえんどう・りんどう生産などが活況をみせました。
前者の収穫期雇用労働(3、500円)、後者の時給250~300円という労働報酬などが、内職主婦や工場主婦労働者の帰農をうながしていることです。
南相木村の労賃水準の将来の動向に、深い関心がもたれるところですね。