山村労働市場をめぐる事例的考察 3
南相木村の製造業従事者数は、景気動向で大幅に増減します。
当初62~4年の倍々ゲームのようなのび(62年の27人、63年の65人、64年の203人へ増加)、翌65年グループ内職全滅(64年の63人から65年にはゼロへ)にみる下請工場のおちこみ・・・
67~8年の前期を上まわる回復(従業員総数は65年の132人から67年には245人へ)と70年不況期の縮小(71年に171人へ)、72~3年好況期のピークをなす高さ(73年では工場労働者192人、内職151人、合計343人)。
そして75年以降の全業種・類型をまきこむ不況の進行(底になる77年は工場労働者52人)と、そのうごきはまことにめまぐるしいものでした。
とりわけコンデンサー・通信部品組立など弱電部門がその典型で、内職の動向も判明する近年でみると、73→76年に216人→93人となり、とくにグループ内職の浮沈・再編がめだつのです。
やや古いですが南相木村の労賃水準をみてみましょう。
この年長野県電気産業最小規模工場の一人当り現金給与は、全国平均の67%に当る74・6万円。
女子労賃に照準を合せてその80%の年収60万円(月5万円、時給250円)を基準にとると、右の長野県平均とみなされる賃金が、南相木村の最高賃金にほぼ相当します。